正面に立つ彼は真剣な瞳でわたしをじっと見つめた。
 そんな彼に、わたしはまるで魔法でも掛けられたかのように動けなくなってしまった。
 恥ずかしさで自然と頬が紅潮する。
 別に、男慣れ、してない訳じゃない。
 ハタチはとっくに過ぎてるし、男性経験だってそれなりに積んでいる。
 彼だから、この人だからわたしの頬はこんなにも紅潮する。
「目を閉じてごらん」
 すっかり赤くなったわたしに彼はクスリと笑いかけるとそっと言った。
 でも、わたしはそうせずに彼を見続けた。
 言葉が聞こえなかったわけでもない。意味もきちんと理解していた。
 ただ、わたしの体は動かなかった。
 男のくせに嫌味なほど長い睫だな……彼を見ながらそんなことを考えていた。
 わたしなんて短い睫をいかに長く見せるか毎日悪戦苦闘しているというのに……
 この人はそんな苦労をかけらも知らないのだろう。
 その睫の奥にあるのは澄んだ瞳。
 でも、日本人のわたしのモノとは違う色。
 綺麗な綺麗な青色。
 初めて会った時、一目でこの色を好きになった。
 会うたび無意識にその瞳を見ていたら、いつの間にか彼自身を好きになってしまった。
 これも一目惚れなのかな、って思う。
 彼はわたしを急かすことなく穏やかな笑みを浮かべていたが、しばらくしてもう一度促した。
「ほら、目を閉じて?」
 そう言いながら彼はわたしの顎に手を当て、優しくクイッと持ち上げた。
 その一瞬で、わたしの心をわずかな期待が掠めた。
 心臓がドキリと反応する。
 瞼は静かに降ろされた。
 数拍の間を空けて、唇に何かが当たった。
 そして促されるままにその何かを口内に迎え入れると、一気に甘みと酸味が広がった。
 なんだ、キャンディーか……
 何か、を認識したわたしは、期待が外れて少し落胆した。
 同時に、期待した自分が馬鹿だと思った。
「何よ。キャンディーじゃない」
 目を開けてふて腐れ半分に言うと、彼がフフッと笑みを零した。
「好きだろう? コレ」
「……普通、こういう時はキスするもんじゃないの?」
 わたしは思わず言ってやった。
 彼を挑発するように。
 すると、彼はわたしが口内で転がしていたキャンディーを頬の上から指で突いた。
「それは大人になったらね」
 また、馬鹿にする……
 童顔な日本人の中でも君は特別童顔だ、って彼はいつでもわたしを馬鹿にする。
 「君は可愛いベイビーだね」って。
 でもね、彼が本心からわたしを子供扱いしてるんじゃないって……本当は分かってる。
 彼はわたしの気持ちを知っててはぐらかしてるだけなんだ。
 だから、
 好きでいても、望みはないんだろうな……
 って思う。
 もっと大人っぽくて、色香のあるイイ女が好みなのかな。
 そのまま歩いて去ってしまった彼の背中を、わたしはじっと見ていた。
 瞬きも忘れるくらいに。
「でも……諦めてなんてやらないもんね」
 わたしがポツリと呟くと、まるでそれが聞こえたかのように、彼は一度だけ振り返って微笑んだ。
 優しい、柔らかい笑顔……わたしの好きな顔だった。
 いつか絶対、心も振り向かせてやるんだから……
 それまでは、キャンディーをもらうだけで我慢しよう。
 だからお願い、その時は……
 わたしにキスして。

−おわり−