Epilogue

 瑛斗はようやく落ち着いた琴莉を背中から抱きしめていた。
 琴莉は指輪がえらく気に入った様子で、先ほどから撫でさすったりかざしたりして見ている。これだけ気に入って貰えれば、それなりのお金を払って菜々子に作って貰った甲斐があるというものだ。
 いくら有瑛を通して頼んで貰ったとはいえ、菜々子は今売れっ子のデザイナーで頼み込むのも一苦労だった。だが、運の良いことに気さくな彼女は二つ返事で受けてくれたし、今後によってはエンゲージもマリッジも特別価格で作ってくれると約束してくれた。
「ねぇ、お兄ちゃん。なんで、これお誕生日じゃなくて今日なの?」
 琴莉は先ほどから気になっていたことを瑛斗に投げかけた。
 本当に言葉通り大人になるのを待っていたのなら、来月の誕生日を待てば良かったのでは? と単純に疑問を持ったのだ。
「んー? まぁ、クリスマスも近いしイベント事としては良いだろうそれで」
「え? そんな風に言われると、余計気になるんだけど……」
「なんだよ、じゃあお前来月の方が良かったか? あんな死にそうな顔して、妄想暴走させたまま来月まで生きてられたか?」
「う……それは…………」
 反撃された琴莉はあからさまに言葉に詰まる。
 あの調子で一ヶ月はどう考えても辛かったと自分でも分かる。下手したら、世を儚むくらいは追いつめられたかもしれないから。
(ま、何で今日かなんて……琴莉が覚えているわけないよな)
 困る琴莉の顔を観察しながら、瑛斗はフッと小さく笑みを零した。
 その時、瑛斗が思い出していたのは十数年前の今日のこと――
 その日瑛斗が学校から帰ると、門倉家のリビングでは遊びに来ていた琴莉が有瑛とクリスマスツリーを飾りながら楽しそうに話していた。
 その時、有瑛が「琴ちゃんは何が欲しいの?」と尋ねると、琴莉は満面の笑みを浮かべてこう言った。
「おにーちゃんがほしいの」
 有瑛はそれがツボに入ったようで、聞いた瞬間にアハハと声を上げて笑った。そしてすぐに「そうじゃなくて、欲しいオモチャとかあるでしょ? サンタさんにお願いしたものだよ」と尋ねたが、琴莉は真剣にこう続けた。
「コトちゃんは、おにーちゃんがほしいんだもん。おにーちゃんのことだーいすきだから、おとなになったらおにーちゃんのおよめさんになるのー。サンタさんにもおねがいしたもんっ!」
 それは、琴莉が初めてその夢を口にした瞬間だった。この日この時から、その夢が彼女の口癖になったのだ。
 だが、それを本人が知るのはまだもう少し後の話。

―END―




Epilogue