それから数分後、廊下の片隅で口元を抑え「俺は変態か……」「誘ってるのか?」等意味の分からない独り言を呟く環を雅は発見した。
だから、
「たぁ君」
後ろからそっとその肩を叩いてやった。それも、幼い時に使っていた愛称付きで。
案の定、環の背は驚きでビクリと震える。そして恐る恐る振り返る。
「兄さん……」
環は、見られた、という何とも複雑な表情をしている。
「こんなところで何してるんだ? 深知留ちゃんと仲良くしてるんじゃないのか?」
「仲良くって……」
言葉に詰まる環に、雅はその肩を静かに抱き寄せる。
そして、
「ねぇたぁ君、お前ナースとキャビンアテンダント……どっちが好き?」
「は?」
ひっそりと投げかけられた意味不明の質問に、環は間の抜けた声を返す。
「は? じゃなくて。今度、用意してやるよ。ま、深知留ちゃんならどれでもいけそうだけどな」
「……な、何をバカなこと……兄さん、俺はそんなもの……」
ようやく雅の言いたいことに気づいた環はその顔を一気に赤面させた。
雅はそれですぐに分かった。弟がその脳裏で一瞬にして良からぬ妄想をしたということを。
そして雅の中ではそんな弟を少しばかり苛めてやれ、という変な嗜虐心が生まれる。
「ふーん、興味ないんだ。だったらいい。俺が勝手に深知留ちゃんに着せることにしよう。あの子、頼まれると弱いからねぇ。きっとどんな物でも着てくれるだろうな」
その時、一瞬にして環の顔が青ざめたのを雅は見逃さなかった。
「そうだな、この際バニーとか良いかも。非日常で。いや、ブルマも捨てがたいな……確か、鈴がスクール水着もあるって言ってたし」
ああでもない、こうでもないと思案を巡らせる雅に環の顔色は悪くなる一方だ。
「べ、別にわざわざ深知留に着せなくても兄さんには義姉さんがいるだろう」
「たぁ君ねぇ、見てたら分かるだろう? 鈴が着てくれたら苦労しないって。その点深知留ちゃんは従順で良いよ」
雅はそのまま環の肩を離すと「まずはナースだな」と結論を出して、その場を去ろうとした。
「ちょ、兄さん。待って……」
必死で呼び止める環に対し、雅はまるで聞く耳持たずという感じだ。
そしてあろう事か、
「気が変わったらいつでも言うんだよ、たぁ君。お兄さまは寛大だからね」
そう言ってひらひらと手を振って行ってしまった。
一人残された環は、
『しばらく兄さんに近づくな』
そう深知留に忠告しようと固く心に誓ったとか、そうでないとか……
−本当におわり−