翌朝、環が目を覚ませば好きな女の顔が傍にあった。
 破瓜の痛みと甘い疼きに疲れ果てた深知留は、スヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てている。
 好きな女を抱いて眠り、起きれば隣に彼女がいる……何とも言い難い幸福感を環は感じていた。
 寒いのだろうか、深知留は時折暖を求めるように環の胸板に顔をすり寄せる。そんな彼女の姿が、なんだかとても可愛らしくて環はついつい笑みが零れてしまう。
 昨晩、艶やかに乱れた姿が嘘のようなあどけない寝顔だ。
 深知留が動くたび、彼女の長い髪が環の肌をくすぐるが、今の環にとってはそれもまた一興だ。
 環は深知留を起こさないようにその髪を一房とり、指に絡めては外して遊んでみる。
 この髪が、あの時偶然にも自分のボタンに絡まなければ、何も始まらなかったのだと思うと奇跡に近いものさえ感じる。
「天音深知留か……」
 環は隣で規則的な寝息を立てる深知留を見ながらポツリと呟いた。
 初めは気まぐれだった。
 ある日、天から振る様に聞こえた音が何だかとても珍しくて、面白くて……単なる好奇心で耳を傾けていた。それがやがて、深く知るうちにどうしても自分の物にしたくなって、隠してしまいたいと思うほど自分の腕の中に留めておきたくなっていた。
 人のものだと諦めようとしても、気持ちに押さえが利かないほどに。
 環にとって大切な、大切な深知留……
(深く知って留める……いや、深く知るほど留めたくなる……だな)
 環は今腕の中にいる彼女が幻想ではないと確かめるように、その胸に口付けた。
 既にいくつもの花が咲いている深知留の体に、また一輪増える。
 あまりの数に痛々しささえ感じるが、環はそれを満足そうに眺めていた。
(もう絶対に離しはしない……)
 そう固く誓いながら。
「……ぅん……」
 目が覚めたのか、深知留はその目をうっすらと開けた。
「おはよう。深知留」
「……環さん?」
 寝ぼけ半分の深知留が自分の状況に気づいて真っ赤になるのは、この数秒後のことである。

 幻想曲――――
 定形はなく、自由な形式で楽想のおもむくままに作られる楽曲。
 即興的性格の強いものが多く、幻想的で夢想的である。

 環と深知留、二人のはじまりは即興的だった。しかし、それはこの先二人が奏でる幻想的で夢想的な愛の序曲にしか過ぎないのだ。
 この愛が今後、どんな風に奏られていくのか……それはまだ、誰も知らない。

 幻想曲にも愛にも、定形は存在しないのだから。


−おわり−

※あとがきはこちら