環はもう一度、抱き直すようにして隣にいる深知留の体を抱き寄せる。
「環さん……?」
 不思議そうに環を見上げる深知留を見ながら、再び鈴の言葉を思い出していた。
『このままだったら……あなた一生後悔するわよ』
 確かに、その通りだと思う。
 あの時、雅が電話をくれなかったら、鈴が背を押してくれなかったら、きっと環は思いを閉じこめそのまま忘れようとした。そして一生後悔し、自分を責め続けたに違いない。
(男なら根性見せろ……か。本当に、要所は絶対押さえる人だな……義姉さんは)
 でも今はそんな義姉に素直に感謝をしようと環は思っていた。
「深知留、もう遅いから今日はゆっくり寝るといい」
 環は深知留の頭をくしゃりと撫でると、名残惜しくはあるが自分の体から彼女を離して静かに立ち上がる。
「眠るまで傍にいるからもう横になるといい。疲れただろう?」
「あの……」
 深知留はそんな環のガウンを遠慮がちにクッと引いた。まるでいつかのように。
「あの……眠ったら、行っちゃうんですか?」
「…………」
「今日はその……」
――どうしても傍にいて欲しい……
 そう言いたいが、深知留はそれができずに俯いてしまう。
 環は深知留が言わんとしていることを察したのか、優しく微笑んで再び深知留の頭を撫でてくれた。
「大丈夫。ここはセキュリティもしっかりしてるし、怖いことは何もないよ。俺もここで仕事をしてるから、何かがあればすぐに気づく」
 しかし、今夜は深知留の誕生日。いくらトラウマが薄れているとは言え、一人で過ごすには流石に辛かった。
「あの……傍に……いてくれませんか?」
 深知留は徐に環を見上げる。
 我が侭だというのは分かっていた。優しい環を困らせてしまうのも分かっていた。
 それでも、この時の深知留は環に縋らずにいられなくて。
 そんな深知留に、
「ごめん、深知留……それは……」
 環は困ったように、フイッと視線を外す。
 深知留はそれをすぐに感じ取る。
(やっぱり……困らせたよね。また…迷惑をかけちゃった……)
「…そ、そうですよね。お仕事忙しいですよね」
 海外出張を取りやめて帰国したのだ。忙しくないわけがなかい。
 今ここに戻って来ることができただけで十分だと、それ以上は望んではいけないと深知留は自分に一生懸命言い聞かせる。
「大丈夫、です……明るくしてあれば一人でも大丈夫ですから。我が侭言って……ごめんなさい。環さんを困らせるつもりはないんです。どうぞ、お仕事してください」
 深知留は精一杯の笑顔を作り、環のガウンを離した。
 すると、
「そうじゃない」
「え?」
「仕事なんてどうでもいいんだ。ただ……何もしないで一晩中傍に居てやれる自信がないんだよ」
 いつの間にか深知留の正面に腰を下ろした環は、先ほど同様困ったような顔をしていた。
「何でもない子が傍にいるならともかく、好きな相手が傍にいて、すぐ触れられる距離にいて……理性が勝つ自信がないんだ。本音を言えば、俺だってさっき君をホテルに連れ込もうとした男と似たようなことしか考えてない。それに……この前のように、深知留に怖い思いをさせたくないんだ」
 深知留は何も答えずにただ耳を傾けていた。しかし、その顔はだんだんと俯いていってしまう。
 それでも環は続ける。
「今更謝っても取り返しが付かないことをしたのは分かっているよ。深知留だってまだ怖いだろう?」
 環がそう言って深知留の手にそっと触れると、彼女からピクリという振動が伝わった。
 それに気づいた環は、溜息が出そうになるのを懸命に堪えて深知留から手を離す。
 だが、あの時に怖がらせたのは紛れもなく自分で、それは仕方のないことだと環は自らに言い聞かせる。
 もちろん、いずれは深知留とそういう関係を築きたいとも思うが、今は怖い思いをさせた分の信用を取り返すのが先決であり、それにはある程度の時間が必要なのだ、と。
「……おやすみ、深知留。明日から、部屋も別の場所を用意させよう。その方が君もいいだろう」
 環はゆっくりと立ち上がり、そのまま深知留の元を去ろうとした。
 が、
 後ろでガウンを引かれた環はその足を止める。
 振り返れば、深知留の手が再びガウンの裾をギュッと握っている。
「深知留?」
 深知留はまるで、子供がイヤイヤをするように激しくかぶりを振る。
「……良いです。それでも……それでも良いです。環さんが望むなら……構いません。わたしは……環さんの傍にいたいから」
 深知留は立ち上がって環の背中に抱きつく。
 その頬は恥ずかしさに紅潮しているようだった。
 環は拳を握りしめ、溢れかえりそうになる感情を抑えようとしたが、もはやそれはどうにも我慢がならない。
 だから、そのまま振り返って環は深知留をその胸にしっかりと抱きしめた。
 もうそうせずにはいられなくて。
「深知留、誘ったら後戻りはできないよ?」
 深知留はそれに小さく、けれどしっかりと頷いた。
「傍に……いてくれるって、環さん言ったじゃないですか」
「あぁ、ずっと……ずっと傍にいるよ。深知留の隣に」
 環は深知留を抱きしめる腕により一層力を込めた。








 環は深知留を抱き上げてベッドへと運ぶと、優しく口づけを落とした。
「やっとキスができた」
 そう言って、環がクスリと笑みを零す。
 以前駄目だと深知留に止められたキス。
 でも今は、環に素直に応じてくれる。
 環はそのまま深知留の体をゆっくりと横たえた。
 その瞬間、深知留の怯えがピクリという振動で環に伝わる。
「……やっぱりやめるか?」
 怖がらせては元も子もないと思う環は一度唇を離して深知留に尋ねる。
 しかし深知留は、ふるふると首を振って恥ずかしそうに環に抱きつく。
「大丈夫……だから、やめないで……ください」
 耳元で囁かれたそれに、環はゾクリと鳥肌を立てた。恥ずかしさに途切れる声には、何とも言えない甘さを感じる。
 そのまま環は再び深知留の唇を塞いだ。それは徐々に深さを増していき、やがて環はその舌を深知留の口内に差し入れて彼女のそれを絡め取る。
 深知留がキスに全神経を集中させていたその隙に、いつの間にか胸元がはだけられたネグリジェ……そこからのぞく双丘を見て環はクスリと笑みを零した。
 以前無理矢理襲った時には気づかなかったが、深知留のそれは結構な質量感があった。
「深知留、着やせするんだね」
「そんなに……見ないでください。恥ずかしい……」
 環によってシーツにつなぎ止められている手を動かし、慌てて隠そうとする深知留。
 しかしそんなことを環が許すはずもなく、
「駄目。せっかくの俺の楽しみを隠さないで」
 環はそのまま右胸の柔肌をきつく吸い上げた。
 の花が一輪、鮮やかに咲く。