基の部屋で京はソファにゴロリと寝ころんで雑誌の一記事に見入っていた。
「結局、結婚しちゃったねぇ、由利亜」
 京の見ているその記事は、華宮グループの副総帥と隠された孫娘との婚約をシンデレラストーリーのようにおもしろおかしく書き立てたものだ。
 二人が婚姻届を出した後、世間的には記事の通り婚約報道がされた。
 その途端に、多くのメディアがおもしろがって取り上げたのだ。
 あの翌日、学校へ行くと由利亜は京を待っていた。
 なぜだかやたらすっきりとした顔をしていた由利亜に、京はてっきり、彼女が相続放棄を決めたのだと思った。だから、そのまま学校なんて早退してすぐさま弁護士の元へ乗り込もうと考えていた。
 しかし、由利亜から告げられたのは意外な言葉だった。
『わたし、蒼さんと結婚するわ』
 そりゃ驚いた。
 驚いたなんて物じゃなかったかもしれない。
 それでも、由利亜の表情はとても良くて、自暴自棄になっているんじゃないってことだけは京も分かった。
 ことの顛末を聞き終えて、京は思わず言ってしまった。
『奇跡みたいな恋物語ね』
 と。
 すると、由利亜はとても嬉しそうに微笑んだ。
「ねぇ、今更だけどさ。お兄ちゃん……良かったの?」
 京は雑誌から視線を上げて側近くに立つ基を見た。
「何が?」
「何がって由利亜の事よ。お兄ちゃん、まんざらでもなかったんでしょう? っていうか、むしろ好きだったでしょ? 由利亜のこと。わたし知ってるんだから」
 いきなり直球勝負に出た妹に、基は、適わないな、と笑って返した。
「由利亜ちゃんは彼を選んだんだ。仕方ないだろう?」
「仕方ないって……そりゃそうだけど。まぁ、わたしは由利亜が幸せなら何でも良いんだどね」
 京はそれ以上何も言わず再び記事に視線を戻す。
 そんな京に基は、だって俺は振られたんだからさ、と聞こえないように呟いた。
 由利亜を蒼が連れ去った日から数日後、偶然を装って基が由利亜に会いに行った日。
 基は由利亜にどんな手を使ってでも助け出す、と言った。それは基なりの賭だった。
 あの時、ほんの少しでも由利亜が基に助けを求めれば、基は連れ去ってでも彼女を自分のものにしようと思っていた。
 しかし、由利亜はその申し出を断った。
 恐らく、あの時から由利亜の気持ちは蒼に向いていたのだろうと基は思う。
 それでも、由利亜がその後一度でも助けを求めれば、基はすぐに彼女を奪いに行くつもりだった。それなのに、彼女が助けを求めたその日その時に限って、基はアメリカに向かって遥か空の上……
(つくづくタイミングの悪い男だよ、俺はさ……)
 基は小さくため息を零した。
「ねぇ、お兄ちゃん見てコレ」
 京は記事の一部を基に指し示した。
 それは由利亜へのインタビューの部分だった。
――蒼さんは由利亜さんをどんな風に愛してくれますか?
――小夜曲を奏でるように、優しく直向きに
「小夜曲ってこれ、どういう意味だろうね〜?」
 基は京が指し示した部分を読みながらクスッと笑みを零す。
(小夜曲か……俺も一応由利亜ちゃんに奏でていたつもりだったんだけどなぁ……。彼には至らなかったってことか)
「ちょっと、お兄ちゃん聞いてるの?」
 返事のない基を急かすように京は言った。
「聞いてるよ。まぁ……その意味が分かるようになれば、お前にも彼氏ができるだろうよ」
「何よ、それ。答えになってない!!」
 声を荒げる京に、基はせいぜいがんばれよ、と言って部屋を出て行った。


−おわり−