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* 彼の策略 2 *
飲み会がお開きとなった後、城田は芽子をうまく捕まえると一緒に帰れるように算段を整えた。この時、問題の伊沢達が二次会へ行くと言って早々に立ち去ってくれたのが運が良かった。
帰り道、なるべく自然に芽子の不眠の話へと持って行き、
「抱き枕、してやろうか?」
その一言を発するまでは城田も何とか冷静さを保ったが、それから先はもう勢い任せだった。
芽子を誰にも渡したくない――伊沢にもそれ以外の男にも。
とにかくそれだけが、その時の城田を動かしていた。
しかし、いくら勢い任せと行ってもそこは抜け目のない城田のこと、一応の計算はしてあった。
それは、今日この時にはまだ告白はしないということ。
これまでの城田と芽子の関係性を考えても、突然交際を申し込んだところで芽子が受ける確率は非常に低いと思われた。
それに城田がこれまで見ていた限り、芽子は『誘われたから、じゃあ試しに……』というような軽い女ではない。それを考えれば告白などしたところで断られるのは目に見えており、それどころか今まで築いてきた関係性さえ打ち崩しかねない。そこを伊沢や他の男に都合良く持って行かれでもしたらたまったもんではない。
案の定、抱き枕になってやると言った城田に、
「ごめんなさい、城田さん。わたし、恋人とじゃないと寝られません。ひと晩限り、とかいうのはちょっと……」
芽子はまるで優等生のような回答を寄越した。酔っているにもかかわらず、きちんと物事を判断して冷静に踏みとどまるのは彼女らしいと城田は思った。
だったら、今日この時にはどうするのか、城田に何ができるのか――――
それはどんな手を使っても芽子を自らの手元に引き寄せること。先輩と後輩、それ以上の関係になるよう二人の距離を近づける。
その上で手を出した方が成功率は高いに決まっている。
事を急いて仕損じるよりも、ゆっくりと確実に飼い慣らしてから――それが城田の芽子捕食計画だった。
が、
芽子はそれほど簡単に計画に乗ってくれなかった。
言葉巧みに誘っても、芽子は考え、悩み…………
結局城田は、
「俺、女に興味ないんだ」
そう芽子に告げた。
――野崎さん以外にな
今は言えない言葉を心の内だけで言い添えて。
予想通り、芽子はそれに過剰反応した。思わず笑ってしまうほどに。
しかし、それで芽子はすっかり城田が同性愛者だと思ってしまったようだった。しかしそれも仕方のないことで、とりあえず警戒心を解いて自分に近づいてくれるならそれでも良いと城田は思ったのだ。
しかし、まだ尚「なぜ?」と問う芽子に城田は言った。
「俺も不眠なんだ。誰か傍にいないと眠れない」
これもまた、決して嘘は吐いていない。
芽子が頭に住み着いてから先、彼女が気になって城田の眠りは明らかに浅かったから。寝ても覚めても、常に考えているのは芽子のことばかり。
だから本当は、“誰か”じゃなく“芽子”が傍にいてくれれば眠れると城田は信じていた。
信じていたのに……――
城田は芽子の体温を直に感じて初めて自らの過ちに気づいた。
よくよく考えれば、好きな女が一晩中隣にいて一般の健康成人男性が眠れるわけがないのだ。
それは、城田の計算ミス――自分の男としての本能をまるで計算式に組み込まなかったことの、うっかりミスとも言うべきミス。それ以外の何物でもなかった。
そのため、芽子と寝るたび襲いくるのは、本能と理性との熾烈な戦い。下手な拷問を受けているより辛いんじゃなかろうかと城田は思っていた。
しかし、それは自らが引き起こしたミス。だからこそ意地でも理性を奮い立たせてカバーしなければならないところ。
これで、うっかり手を出しました、嫌われました、では今までの努力が全て水の泡だ。
だが、どう考えてもその理性は最近限界に近くなってきている。
それもそのはず、最初は眠っていても城田に近づきさえしなかった芽子が、近頃はことある毎にその体をすり寄せてくるのだから。
それは芽子が城田に心を許している証。もちろん芽子がそうやって擦り寄る理由は、寒かったりだとか、怖い夢を見たりだとか……そんな単純なことだろう。それでも、心を許していない人にはそんな風に擦り寄ったりなどできない。
つまりそれは、城田の計画が順調に進行していることを意味しているのだが、一方で、彼を追いつめる要素でもあった。
城田は隣で眠る芽子の頬にそっと手を寄せる。
深く眠り込んでいるのか、芽子はピクリとも動かずに寝息を立てている。
確かに、城田は『芽子が傍にいてくれれば眠れる』という計算はミスしたが、『芽子が傍にいれば安心する』という意味では間違ってなかったと一人納得する。こうして手を伸ばせば触れられるところに彼女はいるのだから。
そして、芽子に起きる気配がないことを確認した城田は、そのまま目の前にある彼女の唇にそっと口づけを落とした。このくらいの悪戯は許されるだろうと、最大限に自分を甘やかしながら。
もちろん、そのキスは優しく重ねるだけの簡単な物。だが、今はそれでも城田にとっては満足だ。
短い間芽子の唇を堪能すると、城田は名残惜しそうに彼女から離れる。
その時だった。
「……ん……ン……」
芽子が眉根にわずかに皺を寄せ、身じろぎをする。
一瞬、バレたのかと思い、城田はその心拍数を上げる。
しかし、芽子がその瞳を開けることはなかった。変わりに、芽子はころんと寝返りを打つようにして城田の胸にすり寄る。
そして、
「……城田……さん…………」
芽子はそんな寝言を漏らしながら、微笑みさえ零しそうな穏やかな寝顔で彼の胸元のパジャマをキュッと握りしめた。
この時、城田の理性が限界値スレスレを記録したのは言うまでもない。
それ故……
「野崎さん。野崎さん……起きろ、野崎さん!」
城田はやや強引に芽子を覚醒へと導いた。そうでもしないと、もっと際どい悪戯をしてしまいそうだったから。
「城田さん……おはようございます」
やがて目を覚ました芽子に、
「おはよう。よく眠れたか?」
城田は何事もなかったようにシレッとした顔で挨拶を返す。その心の内では、「危ねぇ……」と冷や汗をかきながら。
そんな城田の涙ぐましい葛藤を芽子が知るのは、もう少し後のこと。
* 彼の策略 2 *