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* 友人の懐疑 1 *

“誰かがそばにいないと眠れない……”
 そんな悩みを抱え、顔色を悪くしていた同期(女)が、いつの頃からか顔色が良くなり「最近眠れてる?」の問いかけに「うん。たっぷり」と笑顔で返事をした時。
 考えられるのは――――
 1.彼氏(一緒に寝てくれる人)ができた
 2.専門の医療機関に掛かって服薬、カウンセリングを受けている
 3.その他(人には言えない事情色々)
 いずれだろうか…………


★*★*★*★*★*★*★*★



 ここは昼時の社員食堂。今、咲の目の前にいるのは、本日のAランチのメインディッシュ、ハンバーグを美味しそうに頬張る芽子。
 既に食事を終えた咲はお茶を啜りながら、
(血色はいいし、食欲もある。ちょっと前とはえらい違いだわ……)
 芽子を冷静に観察する。
 咲の言うちょっと前とは、芽子が不眠症の相談を持ちかけてきた時のことだ。
 あの時は見るからに顔色は悪いし、仕事もミスばかり、一緒に食事をしていても「この子大丈夫?」と思うくらい食べなかった。
 普段からあまり他者に興味のない咲であるが、流石に不安になってある日の飲み会で尋ねたところ、芽子は眠れないと打ち明けたのだ。
 そして一緒に寝て欲しいと言った芽子に「彼氏でも作りなさい」と返した咲。もちろんそう言ったからにはある程度責任を取るつもりで、咲はその後すぐ彼氏経由で芽子に合いそうな男性を捜していた。
 しかしながら、そうこうしているうちに芽子は目覚ましいほどの復活を遂げたのである。
 故に、咲は何気なく芽子に問いかけてみた。
「最近眠れてる?」
 と。
 すると芽子は「うん。たっぷり」と笑顔で答えたのである。
 それは良かった。とっても良いことである。
 しかし――なぜ、突然そんな風になったのか?
 咲の疑問点はそこだった。だから咲は三つの考え、彼氏、病院、その他、を用意したのだが、最初の二つは恐らく違うであろうことがすぐに分かった。
 まず一つ目、彼氏がもしできたのであれば芽子の性格からして黙っていられる訳がない。
 もちろん咲は既に「彼氏できたの?」と尋ねている。すると、芽子は「まさか。そんな簡単にできないよ」と返してきた。ごく自然に。
 仮に事情があって隠していなければならないことだとしても、これまでの付き合い上、芽子がそんな上手な嘘がつけるわけがない。彼氏がいるのを隠している場合、「い、いいいいいないよ?」とか明らかに挙動不審になるか「わたし、●●の××さんとなんて付き合ってないからね?」とか聴いてない情報までも言うはずである。つまり、芽子に彼氏はいない。よって一つ目の選択肢は排除だ。
 次に二つ目。病院であるが、これも本人に尋ねたところ、行ってもいないし薬も飲んでもいないと言われた。この回答の時も、やはり不自然さは無かったのでこの選択肢も排除。
 というわけで、残るのは最後の一つ……三番のその他、である。恐らく人には言えない何かで芽子は不眠を克服したのだ。
 まぁ言ってしまえば、どんな手段であろうが芽子の不眠が治ればそれで万事オッケーだ。しかしながら、咲には最近これに併せてもう一つ気付いたことがある。そのために、どうしても芽子の不眠克服の理由が気になっていたのだ。
 それは――
 咲は芽子をジッと見つめる。
 そして、付け添えの人参のソテーをフォークで刺そうとした芽子に、「ねぇ」と徐に問いかける。「ん?」と返事をした芽子に咲は言う。
「あのさ、城田さんだけど……」
 その瞬間、芽子は明らかに動揺して人参を刺し損じ、何もない皿の一部をフォークでカツンと刺す。
「な、何? 城田さんが、ど、どうしたの?」
「……なんだっけ? 何言おうと思ったか忘れちゃった。ごめん」
「そ、そう」
 芽子は今度こそ人参を射止め、自身を落ち着かせるようにそれを口に運ぶ。
 咲はそんな芽子を見ながら、
(やっぱ、反応するんだよねー……)
 と思っていた。
 そう、咲が最近気付いたことがこれ。
 芽子が“城田”という名前にやたら反応するということ。
 芽子の直属の先輩である城田七海。咲の中では、愛想のない仕事人間、というインプットがしてある。
 これまで、芽子ともそれ程親しかったわけではないのに、何故彼が突然芽子に絡んできたのか――咲はそれが解せなかった。


★*★*★*★*★*★*★*★



 咲のそんな疑問が解けたのはそれから数日後の事だった。
 事の発端は芽子から届いた一件のメール。
『ごめんなさい! 今日、城田さんの家に行くの少し遅くなりそうです。たぶん十一時前には着くと思いますけど、もしお疲れなら先に寝ててくださいね』
 文面はそんなだった。
 それはどうやら芽子が間違えて咲に送ってしまったメールらしかったが、本当の送信先は城田という人。恐らくそれはあの城田。
 しかもその文面は突っ込みたいことが山ほど。
(城田さんの家って何? 一緒に寝てるって? 先に寝てろって、つまりスペアキー持ってるってこと?)
 そしてなにより――
(芽子……城田さんと付き合ってるわけ?)
 ということ。
 流石に黙っていられなくなった咲は、その日の昼休憩、仕事を上げると共に「芽子、ちょっと」と彼女を素早く回収した。
 そして、人気のない屋上に連れ出して、何よりの証拠であるメールを突きつける。
「これ何?」
 回りくどいことは面倒臭い。聞きたいことは決まっているのだから、単刀直入に問いかけるまで。
 芽子はそれに一瞬、やってしまった……とばかりに顔色を悪くしたが、相手が咲であるからか比較的素直に事の次第を説明しだした。
 結果、芽子は城田と付き合っていたわけではなく、単に一緒に寝るだけの関係。それも男女間の意味での寝るではなく、単に一緒の空間で睡眠を取るだけの間柄。とっても不思議な関係だということを白状した。
 つまり咲の予測は適中。例の回答は三番のその他であったというわけである。
 しかし、芽子からひとしきり説明を聞いたものの咲はいくつか解せないことがあった。
「ねぇ、城田さんホントに女に興味ないって言ったの? 同性愛者って?」
「うん。わたしも最初はビックリしたよ。全然そんな風に見えなかったしさー。まぁ人には色んな趣味があるからね」
 咲の質問に芽子は迷うことなく答える。
 が、咲はそれが納得が行かない。
 咲がとあるルートから仕入れた情報に寄れば城田には過去に女がいる。少なくとも、数人は。
 ある時突然性癖が変わったのだろうか――と、そんな疑問が咲の中で沸き上がる。
 だとしても、単なるボランティアで芽子と一緒に寝るというのも今ひとつ納得が行かない。だって、そんなことをしても彼にメリットはない。金銭が発生しているわけでもない。
 強いて言えば、普段から仲の良い男女を超越したような友達で同情心から――というならともかく、仕事上の先輩後輩関係だけでそんなのは尚更意味不明。
 その上で考えられることとすれば、あとは下心だけ。城田が性癖を偽って芽子を散々手なづけてから美味しくいただいてしまうという目論見だ。あくまで最悪の事態ではあるが。
 だが、もしそうだとしたらそれは由々しき事態だと咲は思った。
 そもそも芽子が鋭い女であれば心配もしないが、彼女の場合、どこかの赤ずきん並に抜けているところがあるから不安なのだ。
 赤ずきん咲だったら、おばあちゃんの家に入った時点で「ちょっとあんた、おばあちゃん何処にやったのよ? え?」とすぐに気付いて凄むところであるが、一方の赤ずきん芽子では大きな耳にも大きな目にも狼の話す理由に素直に納得し、食べられてしまってから「あれ? おばあちゃんじゃなくて狼さんだったの?」と気付くくらいのもんだ。
(……この子……大丈夫かな…………)
 そんな咲の心配など知る由もなく、芽子は城田と一緒だと如何によく眠れるかを嬉しそうに咲に話して聞かせていた。

* 友人の懐疑 1 *

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