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* 友人の懐疑 2 *

「お疲れ様です。城田さん」
 その日の帰り、咲は会社の外で出てくる城田を待っていた。むしろ、張っていた、という表現の方が正しいかもしれない。
「お疲れ様……」
 城田は状況が理解できない様子で挨拶を返す。
「野崎さん待ち? 彼女ならもう帰ったけど?」
「知ってます。実家から荷物が届くんですって。それを受け取ってから城田さんの所へ行くから、十一時近くになっちゃうかもしれないって言ってました」
 咲の言葉に、城田は一瞬表情を顰める。
「誤解はしないでくださいね。あの子はあなたのこと、例えわたしにでもペラペラ喋ったりしません。今日のメール、送信先を間違えてわたしに送ってきたんです。それでわたしが追求したって訳ですよ。少し前から疑わしいとは思っていましたけど」
「……それで?」
 芽子と違ってあくまで冷静な城田に、咲はフッと笑みを零す。どうやら、話は早いようだ。
「彼女の親しい友達として、城田さんに一つお聞きしたいことがあります。女に興味がないって……同性愛者って言って、あの子に近づいたらしいですね」
「確かに……そんなニュアンスのことは言った」
 ダイレクトに同性愛者と言った覚えはないが、そう誤解されてもおかしくない表現は使ったので城田は敢えて否定しない。
 すると、
「性癖、いつから変わったんですか?」
 咲は遠慮もなくそう問いかけた。
「…………」
 答えない城田に、咲は少しだけ声を潜める。
住吉すみよし製薬の田端たばたさん」
 その一言に、城田は明らかに顔色を変える。
 咲はそれを確認して話を続ける。
「つい一年ほど前まで、付き合ってましたよね。経理の花って呼ばれてるみたいですね、彼女。雑誌の読者モデルを務めるような、相当綺麗な方だとか」
 城田は咲に、何でそんなことを知っている、と目線だけで伝える。
「わたしの彼氏、住吉製薬にいるんです。世界って意外と狭いって知ってます? ちなみに、その前は誰でしたっけ? 城田さん」
「小見山さん……つまり、何が言いたい?」
 咲はそれにすぐには答えず、少しばかりの間を空ける。
 その間に城田を見据えれば、彼はあくまで冷静に咲を見返していた。その本心までは汲み取れないが、少なくとも見かけだけは冷静に思える。
「何って……至って簡単なことですよ。城田さんがきちんとした恋愛感情を持って芽子に手を出しているなら構いませんが、そうではなく、性癖を偽るような真似をして彼女を騙して、あまつさえ遊んでやろうと思っているなら即刻やめてください」
「…………」
 答えない城田に咲は淡々と続ける。
「この件に関して、わたしが口を出すことではないのは分かってます。でも、友達として彼女を守る権利はありますから。……わたしが言いたいのはそれだけです」
 咲はそうきっぱりと言い切ると、特に城田に返答を要求するわけでもなく「では、失礼します」と言ってその場を去っていった。
 返答を求めないことが逆に城田に威圧感を与え、彼はただ咲の小さくなる背を見送った。


★*★*★*★*★*★*★*★



 その晩、城田は何度目か分からない寝返りを打って隣に眠る芽子の顔を見る。
 今日も相変わらず、芽子は気持ちよさそうに眠っている。ちなみに入眠はベッドに滑り込んで数秒。ちょっと前まで不眠だったとは思えない寝方だ。城田が乱れた髪をそっと指で梳いてやっても、深く眠り込んでいるのか起きる気配は全くない。
 そんな芽子の口はわずかに開いていて、何とも言えないあどけなさを醸し出している。それはとても可愛いらしい姿なのだが、喉を痛めると可哀想だと思い、城田はその唇をそっと閉じてやろうと触れる。
 が、触れたところで不意に咲の言葉を思い出す。
『遊んでやろうと思っているなら即刻やめてください』
 同時に城田の脳裏を過ぎるのは、意志の強さを表すような咲の凛とした表情。そして、友達として芽子を守る権利があると言い切った彼女。
 城田はそのまま芽子の唇から指を外すと、彼女の唇に自らのそれを重ね、食むようにして閉じてやる。
 離れる時に唇をペロリと舐めてやれば、芽子は「ん……」と喘ぎ声のような寝言を漏らし、そのまま温もりを求めるように城田の胸に擦り寄る。
「遊びのわけないだろうが。そんなんで手ぇ出せるかよ」
 城田は芽子の頬をそろりと撫でる。
 そしてもうこの際、今起きても構わないと思いながら、
「なぁ、そろそろ言ったら応えてくれるか? 芽子が……好きだって」
 擦り寄る芽子をしっかりとその胸に抱きしめた。


 ◆◆◆


 時同じくして、会社のフロアの一角では伊沢翔太が缶コーヒーを片手に一息吐いていた。伊沢は明日の朝、正確には今日の朝提出の急ぎの書類を、つい先ほどまで掛かって仕上げていたところだ。
 そんな伊沢が今座っているのは、自分の席ではなくその向かいの芽子の席。
 伊沢は缶コーヒーを机に置き、その左手に持つ物を視線の高さまで上げる。
「コレ、なんだろうね? 芽ちゃん」
 その手に持つのは黄色、ピンク、水色の三色の付箋。
 伊沢は知っていた。このうち黄色い付箋を最近、芽子がパソコンのディスプレイ右下に頻繁に貼っているということを。
 そして、それは気付くとピンクだったり水色に変わっていることがある。それがピンクの時は芽子はとても機嫌が良い。逆に、水色だと少し元気がないように感じる。
 一体それが何を意味するのか…………
 伊沢はふと、その視線を別の場所へと移す。
 そこは先輩である城田の席。
 伊沢は一度だけ見てしまったことがある。皆が昼食時で出払っている時間帯、一人財布を忘れて取りに戻った時、城田が人目を忍ぶようにその付箋をピンクのそれに貼り替えていたのを。
 一瞬、二人は恋人同士なのかと思った。その付箋がデートか何かを意味する物なのかと。
 しかし、誰に聞いてもそのような事実は無いし、芽子と仲の良い咲に聞いても違うと言っていた。もちろん、咲は上手く嘘を吐いたのかもしれないが、何より、いくら隠しているといっても二人には付き合っているような気配が一切ない。
 一体、何がどうなっているのか…………
 残りの缶コーヒーを流し込むと、伊沢は付箋を芽子の机の元あった位置へと戻して席を立つ。
「近々、芽ちゃんを誘ってみるかなー」
 そして、疲れを取るようにその場で体を反らして伸びながら、
(あんたに持って行かれないうちにね……城田さん)
 再び城田の席へと視線を送った。

* 友人の懐疑 2 *

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