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* 秘めた想い 第2夜 *

 そう言えば……と、やや無理矢理な接続詞を入れてロイフェルドが言葉を発したのは、互いの食事がほぼ終わりかけた時だった。
「ジルギス、お前確かリリアナ殿を可愛いって褒めてたよな。もしかして、もう誘ったりしたのか?」
 ロイフェルドは今日一番の気になる質問を投げかけた。相当不自然な問いかけだったような気もするが、それはあえて気にしない。
 行動力のあるジルギスのことだ、可愛いと目を付けた女性には既に手を出していてもおかしくないとロイフェルドは思ったのだ。思ったら、聞かずにはいられなかった。
 ジルギスの答え次第によっては、ロイフェルドの失恋が今ここで確定する。
 ロイフェルドは早まる心拍を抑えるように彼の返答を待つ。
 そして、
「いいや。何もしてない」
 ジルギスから返ってきたのは意外な答えだった。
 しかし、ロイフェルドにすれば喜ぶべきモノである。
 が、
「だってさぁ……いくら俺でも流石に幼女に手は出せなかったよ」
「……は?」
 ジルギスが続けて紡いだ言葉にロイフェルドは耳を疑った。動揺を表すようにフォークに乗せた鶏肉がコロリと皿に落ちる。
 何か、あるまじき単語が、今ジルギスの言葉に含まれていたような気がした。
 しかしそれは、気がした、訳ではなかったようで、ジルギスはお構いなしに続ける。
「リリアナちゃん、まだ十二だってよ。ビックリだよな〜。あんな大人っぽくて十二だってよ。今時のお嬢ちゃんは発育がいいのかねぇ」
 ややオヤジ臭い台詞を吐くジルギスを余所に、ロイフェルドは今度こそ自らの耳を疑っていた。いや、疑わざるを得なかった。
(じゅ、じゅ、十二歳……!?)
 今日見たリリアナはどう見ても十五、六だった。むしろ、十七、八と言われたってロイフェルドは納得したかもしれない。それがなんと十二歳だというのだ。驚いたなんてもんじゃない。
「ジル……リリアナ殿だぞ? 王太子付き女官のリリアナ殿の話だぞ? お前、誰か別の女性と勘違いしてないか?」
 納得のいかないロイフェルドは執拗なほどに聞き直した。
 しかし、
「うん、リリアナちゃんだろう? ロイドの言ってるリリアナちゃんと間違いないよ。同じ王太子付き女官の子に聞いたんだ。やっぱりお前も驚いただろ?」
 ジルギスの答えは変わらなかった。
 ロイフェルドは唖然とした。
 よりにもよって一目惚れの相手がまだ十二歳の少女だったなど、まかり間違っても人には言えない。
(俺は……もしかして幼女趣味なのか?)
 自虐的な思考がロイフェルドの中で一気に増殖する。
 自分より七つも下の、まだ“少女”という括りの娘に興味を持つなど、そう思うより仕方がなかった。
 しかし、思ったところであの時に見た笑顔を忘れることはできず、ロイフェルドはすっかり食事の手を止めたまま自らの内で葛藤を始めた。
 やがて、目の前のジルギスが食事を終えてお茶を楽しみ始めた頃、
「まぁ今は十二歳でもあと五、六年経ったら十七、八だろう? 成長するまで見守って、それから手を出しても遅くないと俺は思うんだよねぇ〜。確かに今から声をかけておいて自分好みに育てるって手もあるけど、周りの目もあるし流石に手は出しにくいよな。幼女趣味、なんて変な噂立てられても困るしさ」
 ジルギスは成長したリリアナを想像しながらニヤニヤとした笑みを浮かべた。
(そうか……)
 ロイフェルドを葛藤から救い出したのはジルギスのその言葉だった。
 確かに今は年齢的に問題がある。しかし、それもジルギスの言うようにあと五、六年経てば何の問題でもなくなるのだ。その頃ロイフェルドは二十四、五……年の差が狭まることは無いが、その程度の恋人ならばそれなりに見かける組み合わせだ。
(別に待てば良いんだ……)
 すっかり結論付けたロイフェルドは、残りの食事を一気にかき込んだ。


*−・−*−・−*−・−*−・−*



 それから季節は巡り二年後、国王の尽力によりサルヴェンナはフェルデリアとの同盟を成立させた。
 それによって刺客の手もすっかり引いた頃、ロイフェルドの極秘任務は終わった。
 ヴァルディアは任務遂行をロイフェルドに伝え、このまま軍に残るなり辞めて田舎に帰るなり好きにしろと言った。もちろん、ロイフェルドは残留を選択した。リリアナが年頃になったら自らの思いを伝え、一緒に田舎へ帰ろうと思いを膨らませながら。
 しかし、神の悪戯だろうか……それからさらに半年ほどが経過したある晩のこと。
『殿下、戦が始まりました!!』
 そう言ってロイフェルドの元へ駆け込んできたのは、実家からの密偵だった。
 隣国、マーライド王国からの軍が国境都市であるスルナツカに奇襲を仕掛けたのだ。
 それはまさに青天の霹靂だった。
 隣国マーライドとサルヴェンナは同盟関係こそ無いものの、国交は正常であったし特に問題もなかったはずだ。それなのに……
 密偵は言った。スルナツカの三分の一は既に敵軍の占領下にあり、国境と隣り合っているフェーヌ運河も全て陥落し、物資輸送もままならなくなっていると。
 郷里スルナツカにおいて、実家がそれなりの貴族であったロイフェルドには、その時もはや迷っている間などなかった。今、何とか持ち堪えている親兄弟を支えるべく、密偵と共に一刻も早く帰郷する以外に選択肢は無かったのだ。
 しかしながら、その正体を隠していた彼は軍に詳細を話すことはできず、単に一身上の都合という理由を添えてすぐに休職届を出し、郷里へと早馬を飛ばした。

 当時、ロイフェルドは二十一歳、リリアナはようやく十四歳になったところだった。


*−・−*−・−*−・−*−・−*



 その後、戦況は一進一退を繰り返したが、国王からの惜しみない軍事支援、物資支援のおかげもあって争いは数ヶ月以内で収束へと持って行くことができた。戦場で一部隊を率いたロイフェルドは最前線で輝かしい活躍を見せ、死傷者数も近年では希に見るほど少なく抑えることができた。
 しかし、戦が起こるということはそれがどんなに小規模であったとしても、その場所にも人々にも大きなダメージを与える。
 ロイフェルドは戦が終結した後も親兄弟と共に街の復興に努めなければならなかった。
 住むところも、食べる物も失った市民達に対して、ロイフェルドはその土地を収める貴族の義務として献身的に尽くした。
 ようやく街全体が回復してきた頃には、既にロイフェルドが王都を離れてから二年の歳月が経過しており、彼は二十三歳となっていた。

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* 秘めた想い 第2夜 *