(ちょっと……やりすぎちゃったかしら……)
できあがった深知留を見て鈴はちょっとだけ反省をした。ほんのちょっとだけ。
前回ミニスカートが思った以上に可愛かったので、今回は膝上二十センチになるところで予めそれを切ったのだ。そして、ニーハイソックスというオプション付き。
それだけのことなのに、そこへ今の深知留の状態、酔って紅潮した頬、おまけに潤んだ目というスペシャルオプションが加わったものだから、俗に言うエロい仕上がりとなった。
さらに、深知留本人が息苦しいと嫌がり胸元を少し緩めてしまったものだから相乗効果まで出ている。
(これって……エロ可愛い西山サエリなんて問題じゃないかもしれないわ……)
鈴は密かに思った。
思ったが、とりあえず深知留本人にはそれを黙っておく。それで羞恥心でも出て「やめる」と言われると困るので。
それからしばらくして、「ただいま」と帰ってきたのは雅だった。
「おっと……深知留ちゃん、これまた凄いサービスだね。オジサン興奮しちゃうよ」
リビングに入るなり、雅はその視線を奪われた。
もちろん言葉はふざけ半分だが、それは強ち間違ってもいない。
こんな女子高生がその辺をうろついていたら、まず間違いなく犯罪を誘発するはずだから。
「おかえりなさい。可愛いくできたでしょう?」
「もちろん可愛いけど……何かあった? 彼女、随分酔ってるみたいだけど」
出迎える鈴に、雅はそれとなく聞く。
この頃には、少し観察していれば深知留の様子が変だというのはもう明らかであった。もちろんセーラー服のコスプレを除いての話だが。
「ちょっと色々とね」
鈴はそう言うと雅の耳元でことのあらましを端的に説明した。
◆◆◆
話をひとしきり聞き終えると、雅はふぅっと小さく一つ溜息を吐く。
「で、言いくるめて着せ替えちゃって色々楽しんだわけか。悪い義姉さんだね、君は」
「だって普通にお願いしても難しいけど、今なら着てくれるだろうなと思ったのよ。そしたら案の定着てくれたけど、ちょっと仕上がりを間違えたかもしれないわ」
うふふと鈴は笑って誤魔化す。
雅はそんな彼女に対して仕方のない人だね、と肩を竦める。
そして、
「まぁその間違えもこちらとしては嬉しいけど、でも約一名がな……」
雅は徐に物音のする玄関ホールを指差した。
「環と一緒に帰ってきたんだ。車に用事があるからって車庫に寄ってから来るって言ってた」
その数分後、出迎えたメイドと二三会話を交わす声が聞こえて問題の約一名、環がリビングへと入ってきた。
そしてそれは、環がリビングに足を踏み入れた瞬間だった。
(…………)
環は動作という動作を全て止めた。視界に飛び込んできた物にまるで時間が止まったかのようにピタリと。
雅はもはや瞬きさえもできない弟を同情心たっぷりの目で見ている。
しかし、環はそんなことにも気づかず固まったまま。
それも無理はない。
想像すらしなかったであろう格好をした深知留がそこには居たのだから。しかも、一度似たような格好を見た記憶はあるが、今回はレベルが違う。
「深知留……一体、何を……」
「環さんのために着替えたのよね」
言葉に詰まる環に鈴が答える。
「それはどういう……」
「らって……」
尋ね掛けた環の前に一歩進み出たのは深知留だった。
深知留は少し膨れたような顔で環を見上げる。
「環さん……セーラー服好きなんれしょう?」
「は?」
深知留の台詞に環は面食らう。
しかしながら同時に、深知留が随分と酔っていることに気づいた。当初、環は必要以上に色気を振りまく深知留に多少の違和感を持っていたが、それが全て酒のせいなのだと今理解する。
「違うんれすか? じゃあ、環さんはやっぱりサエリンが好きなんれすか?」
深知留は「は?」と間の抜けた返事をしたきり何も言わない環に痺れを切らしていた。そして完全に据わった目で凄む。
そんな深知留に、
「どうして……」
やっとのことでそう言いかけた環であったが、
「鈴さんの嘘吐きぃ……!! やっぱり環さんはサエリンがいいんれすよぅ……」
深知留が突然顔を歪めて今にも涙を零しそうになる。
それに慌てたのは鈴だ。
「そ、そんなことない。そんなことないわよ、深知留ちゃん。大丈夫だから!」
鈴は慌てて弁解するが、歪んだ深知留の顔は戻らない。
とにもかくにも、今の状況では話にならないと即座に判断した環は、
「深知留。とりあえず君は先に部屋に行ってなさい。俺もすぐに行くから」
彼女を回れ右させてその背を優しく押した。
一瞬、さらに顔を歪めた深知留であったが周囲の危惧に反して、彼女はそのままトボトボと廊下を歩いていった。
その背を一同が見送った後、
「義姉さん……貴女は一体深知留に何をしたんですか?」
環は困り果てたように尋ねた。
出張から帰って久しぶりに深知留に会えるかと思えば一体どうなっているんだと、環は溜息が出そうになる。
あの格好の深知留を全く嬉しくないとは言わないが、それでも両手を上げて喜べる状況ではないことは確かだ。
斯くなる上は、全てを知っているであろう鈴に何もかもを吐いてもらうまでだ。
「別に何もしてないわよ。ちょっとだけ一緒にお酒飲んで、深知留ちゃんがセーラー服着たいって言うから物資の提供をしただけ。間違っても無理矢理着せてないわよ」
鈴は決して嘘を吐かずに、事実をやや端折って伝える。事細かに伝えたら絶対に環の逆鱗に触れるのは分かっていたから。
しかし、もちろん環がそれで納得するわけもなく。
「ちょっとだけじゃないでしょう。あの酔い方。俺のいない間、何があったんですか?」
「落ち着け環。まぁ、あれだ……端的に言うと、お前が悪いのかもな」
鈴に詰問する環に答えたのは雅だった。
環はその視線を鈴から雅へと移す。
「知りたいか? 理由」
「そりゃあもちろん」
「だってさ、鈴」
振られた鈴はふぅっと一つ大きく息を吐くと「だったら……」と話を切り出す。
「今度の週末どちらか一日、深知留ちゃん貸してくれる? お買い物に行きたいの」
言われてすぐ環はその顔を顰める。
次の週末は深知留と過ごせる久しぶりの休みだ。
珍しく互いに両日とも休みで、どこかに行こうかとも思っていたが……とりあえず、今この状況を打破しなければそれもならないと環は渋々首を縦に振った。
環が鈴から一通りの説明を受けて部屋へ行くと、深知留がソファーに座ってややむくれた顔をしていた。その視線の先にあるのは噂のブロマイドだ。
「義姉さんから事情は聞いた。これは仕事だよ。決してプライベートじゃない。深知留が嫌なら捨てるから」
環がそう言って写真に手を伸ばしたその時だった。
深知留が環の手を思い切り引く。
予想外の外力に耐えきれず環は思わずソファーに倒れ込む。ドスンという大きな音がして、
「深知留……」
気づいた時には仰向けの環の上に深知留が馬乗りになっていた。
そんな深知留はいつもとは違う挑戦的な目で環を見下ろす。見方によってはそれは怒っているようにも感じられたが、どうやらそうでもないらしい。
その証拠に、彼女はそのまま環の頬を優しく撫でて彼の唇に口づけを落とした。
突然の事態に一瞬驚いたものの、環は深知留のそれを素直に受け入れる。同時に考えるのは、一体彼女にどんな心境の変化があったのかということ。
それもそのはず深知留は普段、決して自分からキスなどしない。環がするのでさえ、恥ずかしそうに精一杯受けるだけ。以前環から強請ったこともあるが、その時は触れるか触れないかのうちに恥ずかしがって離れてしまった。
そんな深知留がこんなことをする理由……それを先ほど鈴から聞いた話と総合して考えていた環は、今一つの答えを導き出そうとしていた。
そう、恐らく深知留は嫉妬をしているのだ。西山サエリという存在に。
それが分かってしまった瞬間、環は思わず顔が弛んでしまいそうなほどの幸福感を覚える。そして、同時に出てくるのは明らかな余裕。
故に、環はキスに集中する深知留を抱き寄せるようにして体を一気に反転させた。
一瞬、こんな風に深知留から強引に誘われるのもそそられる……そんな思いが環の脳裏を掠めたが、やはり余裕が出てしまえば主導権を握りたいのが彼の男としてのサガ。それもこの二週間深知留に触れることさえ叶わなかったのだから尚更に。
環は焦る気持ちを抑えながら、深知留の着ているセーラーの裾からその手をするりと滑り込ませる。
が、
脇腹の素肌にほんの少し触れただけでそれは深知留の手により止められた。