Episode 5

 それから五分も経たぬうち、綺音は妙に人恋しさを感じた。
 ふと周囲を見れば、カップルらしき男女が数組見える。みんな幸せそうに食事をしたり酒を飲んでいる。
 そのうちのある一人の女性に綺音は見入っていた。彼女の後ろ姿が、数時間前に見た河村の恋人に少しだけ似ていたから。
(河村君、今頃……彼女と仲良くご飯食べてるのかな?)
 そう思ったら、また涙が出そうになった。
 その時、
「また泣くのか?」
 気がつけば、いつの間にか電話を終えた千堂が綺音の後ろに立っていた。
 綺音は慌てて涙を拭う。
「さっき俺のハンカチが絞れるほどに泣いただろう」
「も、もう泣きません。さっきのは忘れてください。ハンカチはあとで買ってお返しします」
 綺音は勢いよく否定する。
「だったら、またあの男のことでも考えてたのか?」
「……違います」
 今度は数拍空いてから否定。
 すると、
「図星、だろう?」
 千堂がフッと笑った。
 綺音は嘘を見抜かれたことが口惜しくて、唇を噛んで俯く。
「……そうですよ。考えてました。……今、彼女と一緒に何してるんだろう、ってね」
「そんなの、考えるまでもないだろう。結婚を約束するほど仲の良い恋人同士、二人が一緒にいてすることなんて大体決まってるだろうが」
「分かりません」
 やはり綺音は先ほどのように否定の言葉を口にする。
 でも、それも嘘。
 分からない――いや、綺音は分かりたくなかっただけだ。
 綺音だっていい歳で、“可愛い”と言われたことなどなくたって彼氏も過去にいたことがある。だから言われなくたって分かっている。
 二人で仲良く帰っていった恋人同士、その先に何が起こるのかくらい……
「分かりたくないってことか」
「…………」
 再び千堂に見抜かれた綺音は、
「違います。分からないものは分からないんです!」
 もうムキになっていた。
 千堂はそれに答えることなく、ただ小さなため息をついて自分のグラスに残っていた焼酎をあおる。
 そんな千堂を見ながら、
(この人、お酒強いんだな……顔色一つ変わらない。河村君は、すぐ赤くなっちゃうのに……)
 再び河村のことをことを思う。
 そして、
「じゃあ……千堂さんが教えてください」
 気づいたら綺音はそう言葉を発していた。
「何を?」
「河村君と彼女がしていること」
 尋ね返した千堂に綺音ははっきりと答える。
「松本さん、それ……本気で言ってる?」
「本気です。教えてくれないんですか?」
 綺音は挑戦的な目で千堂を見つめた。
『本気です』
 そう言った綺音に千堂はわずかに困った顔を見せた。本人にそのつもりは無いのだろうが、普段から一緒にいる綺音にはそのわずかな変化が分かる。
 そんな彼の顔をしばらく見つめた綺音は、
「嘘……ですよ」
 フッと笑いながら言った。
 綺音の言葉に千堂の眉根に皺が寄る。
「冗談ですよ。だから、そんな顔しないでください。わたしは千堂さんじゃないから、人の困った顔は好物じゃないですし、ちょっと言ってみただけです」
 言葉を終えた綺音は、既に氷が溶けて薄まってしまった焼酎で喉を潤す。
 そして、
「大体、彼女のいない千堂さんじゃあ教えられないでしょ」
 そう言って、べーっと舌を出す。
 綺音にすれば、普段苛められている分の仕返しをしたつもりだった。普段困った顔をさせられている分、たまには自分がしてみれば良いんだ、と。
 しかし、
「おい……」
 千堂は徐に綺音の手首を掴む。
「な、なんですか……」
 そう問うてる内に、綺音の体は一気に千堂へ引き寄せられ、
「男舐めると痛い目見るぞ」
 低い声が綺音の耳に響いた。
「…………」
 綺麗な顔の千堂が凄んだ顔は必要以上に怖さを感じる。しかも、距離が近いせいでそれは増長される。
「……す、すみま……………」
「誘ったの、松本さんだってこと覚えておけよ?」
 ――すみませんでした
 そう謝ろうとした綺音の言葉を、千堂は最後まで紡がせてくれなかった。
 それを理解する間もなく、彼は言葉を続ける。
「望み通り、教えてやるよ。河村さんが彼女とヤってるコト。……悪いけど、松本さんの予想に反して、場数だけは踏んでるんだ。世の中、顔だけよければいい女なんてのは腐るほどいるって知ってたか?」
 千堂は綺音の手を掴んだまま飲食代の伝票を別の手で取り、綺音共々席を立った。





「ン……は、あ……ぁん……」
(この人……キス、上手だな……とろけそう)
 酒と快楽で朦朧とする意識の中、綺音は千堂とのキスに没頭していた。
 千堂は、あれから綺音をシティホテルに連れて行った。
 それに抵抗しようとも思わなかったのは、自暴自棄になっていたのか、それとも、自分では大丈夫と思っていただけで、酔いがそれなりに回っていたのか。
 ホテルの部屋に入り、部屋の中央に鎮座する大きなベッドを見ながら綺音が考えたのは『こんな所来ちゃってどうするのよ!?』じゃなく、ただ安堵だったのだから。
 独り真っ暗な部屋へ帰らなくて良くなったことへの安堵――自分の冷たいベッドで河村を思い、再び涙を流さなくてよくなったことへの安堵。
 それに支配されてしまったら、もう何もかもがどうでもよくて綺音は千堂に体を預けた。
 そんな千堂は慣れていた。男女の睦み合いに。
 綺音がキスに没頭しているうちにカッターシャツを脱がされ、スーツのスカートを剥ぎ取られ……
 気づいたときには、綺音はブラジャーとショーツだけでパリッと糊のきいたシーツの上に転がされていた。
 相変わらずキスは続けられたままだったが、何だか少しだけ心許なくて千堂のワイシャツを掴んでいると、そっとその手を離されて彼の首へと誘導された。
 そのまま、彼はネクタイを緩めてワイシャツを脱ぎ始める。どうやら綺音の手が邪魔らしかった。
 触れた襟足の髪の毛が想像していたよりも柔らかかったので、綺音は頭に手を差し入れて乱してやる。
 それがお気に召さなかったのか、千堂は一度綺音から唇を離す。突然離された唇を、綺音は閉じることもできず、ただ千堂を見つめていた。
 綺音の潤んだ瞳に紅潮した頬、互いの唾液で濡れた唇――……
「エロい顔だな……そんなに誘うなよ」
 千堂はフッと笑うと、綺音の背に手を回した。
 長い指が何度も綺音の背を上下し、彼女はゾクリと肌を粟立てる。確かな意志を持った指はブラジャーのホックを意図もたやすく外し、すぐに胸の膨らみを包み込む。
 やわやわと探るように触っていたかと思えば、いつの間にやら立ち上がった先の硬い蕾を捏ねるように押され、摘ままれ……
「あンっ……」
 思わず綺音は声を上げてしまった。
 千堂はふっと笑みを零した。
「確かに、小さくはないな。むしろ……大きいんじゃないか?」
 それは、先ほど綺音が千堂に絡んだ言葉を指しているのだと、綺音はすぐにわかった。
 千堂は綺音の唇を啄むようにキスする。
 千堂はそのまま綺音の右胸の先端を口に含んで愛撫し始めた。左は指で同時に嬲る。
「は、あ、やぁ……ぅん……あぁ……」
 唇を引き結んで堪えようとしても、どうしようもない甘い声が綺音の口から漏れる。
 最初は引き腰になっていた綺音も、いつの間にかその胸を千堂に押しつけるように、彼の首にその両腕を巻き付けていた。
 唇はそのまま、乳房の下、脇腹、臍……と下りていき、気づいたときにはショーツは脱がされ、綺音はその足を大きく割り開かれていた。
「ぐっしょりだな……」
 千堂がそう言って花弁に息をフッと吹き付ければ、一段と潤いが増す。
「あ、や……駄目……」
 千堂のしようとしていることに気づいた綺音は、身を捩りその足を閉じようとする。
「駄目って何が?」
「や、だめ……」
 抑止しようとする綺音の言葉も聞かず、千堂は我関せずと言った風に掴んだ綺音の足首から唇を滑らせる。
「わたし……シャワー浴びないと……」
「そんなのどうでもいい」
 千堂は一度だけ、綺音の目を見やる。
「教えて欲しいんだろう? 俺に」
 乱れた髪から覗く千堂の目――仕事の時とはかけ離れた、欲に濡れた雄の眼。
 その目に、綺音は捕らわれる。
「だったら、俺のやり方……覚えろよ」
 後から考えれば、それが宣戦布告だったのかもしれない。


No.5